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新川忠

"Paintings of Lights"

Botanical House, 2016

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最近、ネットの普及により過去の音楽にも容易にアクセス出来るようになったせいか、80年代や90年代のポピュラーミュージックに影響を受けたミュージシャンが多数現れている。その頃の音楽のエッセンスを柔軟に取り込み、それを現代風に昇華しているのだ。新川忠はそんな潮流が本格的に始まる前から、良質なポップを作っていたが、本アルバム"Paintings Lights"のあからさまにも思える80~90年代のJ-POPらしさに触れると、この作品に関しては、近年のそんな潮流から生まれているようにも感じられる。

このアルバムでは小難しい事はやっていない。シンプルなラヴソング群だ。シンセやオルガンなどの鍵盤楽器を中心として曲が作られていて、そこにドラム、ベース、ギターが加えられ、ポピュラーミュージックのトラックが形作られているという印象だ。コード進行は、山下達郎あたりを思い起こさせる、古き良きJ-POPを踏襲したようなフックのあるものだ。そしてそんなメロディの良い楽曲の上で、新川忠が何とも力みの無い、心地の良い、いつまでも聴いていたいと思わせるような快楽性と中毒性を併せ持つ声で、甘くラヴソングを歌う。この甘さとセクシーさは同性としていけすかなく感じる事もあるものだと思うが、この心地良さによって、そうしたジャラシーとも取れる感情は中和されてしまい、ただただこの音楽の生み出すロマンスに溺れていたくなる。また、録音・ミックスの質もJ-pop全盛期を思い起こさせるぐらいに申し分ない。音が柔らかく、シャッキリしていて、どこでどの音を聴かせるか、という様なギミックも抜かりなく仕掛けられている。

最も耳に残るのは、やはり一曲目のギリシア神話に出てくる虹の女神、イーリスをもじった曲名の「アイリス」である。聴いた後、何度も何度も自分の中で脳内再生されるキャッチーさと中毒性がある。歌詞は日本人には普段言えないぐらい、とても甘い。「もっと近くで見つめていたい 柔らかな髪に指を滑らせて」「毀れた吐息が逃げられない程に」「アイリス 僕のアイリス」と言った調子である。歌詞とその声の甘さからして、女性向けのポルノにすら感じられるぐらいだ。その点においてジャンルは違うが、フューチャー・ネオソウル的な音楽をやっているVikter Duplaixと似た様な匂いを嗅ぎとれる。

夜の音楽好きの自分としては、夜のロマンス性を感じさせる二曲目の「渚」も気に入っている。そのサウンドは都会的で洗練されているのだが、その歌詞から浮かび上がる情景は都会から離れた渚近くで、真夜中、ドライブしたり、イチャついたりしているカップルの情景だ。10曲目の「ヴィーナス」は大変美しい曲だ。静寂と、神聖さがあり、その音楽から溢れる光と共に、確かに「ヴィーナス」の存在を感じさせる。アルバム内で最も女性崇拝が極まっている曲であるように思う。

アルバム全体としては世界観は女性偶像的に感じられる。何となくその偶像性はギリシア神話に出てくる自分の彫った女性像に恋をしてしまったキプロスの王、ピュグマリオーンの名が付けれたSlowdive"Pygmalion"というアルバムを想起させるが、この"Pygmalion"が幻想的な世界に浸り切りではなく、我々が普段から目にしている他者に対する幻想の抱き合いを、その外側から客観的に見て、我々の性を悲しんでいるような感じがあり、その音楽からは幻想の世界と同時に、現実世界の存在も感じられるのに対し、このアルバムはどこまでも夢想的で、甘美だ。自分のイメージする現実世界の存在がとても希薄なのである。そこに心地良さと同時に、何だか居心地の悪さも感じるのである。こんな甘い世界にいていいのだろうか、と。この音楽の甘い夢想を触れている間は、現実世界に通ずる扉がとても小さくなっていく、そんなユートピア性と甘美な危険性を感じるのである。

全体として、夜に聴きたくなるような80~90年代風味のJ-popのラヴソング群、という印象だ。それこそジャケが夜の景色であってもいいぐらいに。それでも、この西洋の神聖さを感じさせる幻想的な風景画がジャケであるのは、このアルバムがこの世にないぐらい、甘美で夢想的な世界観を内包しているからであると思う。

Reviewer's Rating : 7.8 / 10.0

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