嶺川貴子は日本の女性ミュージシャンで、これまでに5枚のアルバムを出している。
また彼女はL⇔Rの元メンバーでもあり、同バンドにキーボードとして参加していた。
このアルバム、"FUN9"は1999年にリリースされた作品で、彼女の4枚目のアルバムにあたる。
また、この作品にはプロデューサーとして、コーネリアスこと小山田圭吾が参加している。
音楽的には、電子的で、実験的で、四角目で、綺麗目なトラックに、嶺川貴子のほんわかとした、
清涼感のある、可愛らしいボーカルが入る、といった趣。
この女性ボーカルはどこかで聴いた事があるな、と思ったら、
彼女はNHKで放送されている教育番組、デザイン「あ」の「まるとしかく」にも携わっているようだ。
このアルバムを聴くきっかけとなった曲であり、尚且つ、このアルバムで自分の一番のお気に入りの曲は、
2曲目の"Plash"である。
嶺川貴子のほんわかとした可愛らしいボーカルの隙間に、
ビートのテンポがいきなり加速されたようなフィルインが入り、
スコーン!と気持ち良くやられる。何というか、ほんわかとした可愛いらしい女性が、
自分の前にほんわかと歩いてきて、いきなり素早い動きでコンボを繰り出し、それにときめいてしまう感じ。
このギャップのある二つの要素の組み合わせが、なんとも独特かつ絶妙で、中毒性がある。
3曲目、4曲目、5曲目、8曲目の実験的で、サイケで、スペーシーで、
そしてポップな女性ボーカルが入る、という様は、
イギリスのインディー・エレクトリック・ポップバンド、BroadcastのThe Focus Groupとのプロジェクトを彷彿させるものがある。
これらの曲の中でフックが強いのは、4曲目の"Fantasic Voyage"、5曲目の"Tiger"だ。
4曲目の"Fantasic Voyage"はレトロで、スぺーシーで、サイケな音で構成されたトラックに、
彼女の清涼感のあるほんわかとしたボーカルと、その声で刻まれるビートが入る。
このビートに使われている声が何とも可愛らしい。5曲目の"Tiger"も4曲目と同じような雰囲気の曲であるか、どことなく、
この嶺川貴子のボーカルからセクシーさを感じる。
題名によるバイアスからか、清涼感のある人間の女性が、野生の猫科の肉食系動物にポーズをして、ゆったりと動きながら、こちらを誘惑しているような画が脳内再生される。
この曲にはBuddy Girl and Mechanicの"SMALL LIGHT"あたりを彷彿とさせる雰囲気がある。
7曲目"Spin Spider Spin"はいかにもコーネリアスとの合作という感じだ。 いかにもコーネリアスな、四角くくて、ポップで、遊び心の溢れた曲の上に、 嶺川貴子の気持ちの良い風が吹きぬけるようなボーカルが入る。この曲もサビでのフックがかなりある。
また、この素朴さ、純朴さのある10曲目の"Soft Graffiti"も良い。 アコースティックギターのバッキングに、宇宙的な効果音がところどころに散りばめられたトラックに乗せて、 嶺川貴子が声を被せずに、一人歌いながら曲が進んでいく。そして、サビで調を移したあたりのところでフワッと天に召される。 アルバムの終わりの方の曲として素晴らしく機能していると思う。
全体として、思い付いたありとあらゆるアイデアを詰め込んだ感のあるアルバム。
音楽自体の実験性はかなり高いのだが、それでも印象としてはPopに収まっている。
例え結構実験的なトラックを作っても、そこにPopな要素、例えばPopなメロディ、Popな女性ボーカルなどを入れれば、
とっつきやすくなり、音楽マニア以外の多くの人たちがアクセスしやすいものになるのかもな、という事を思わせられる。
また、その結果として、曲が大衆がアクセスしやすそうなものになるだけでなく、
そのポップさと実験性が良い具合にブレンドすることによって、独特な味わいを生み出し、
それが音楽にうるさい音楽オタク、例えば自分のような人間をも満足させるものになる事も往々にしてある、ということも改めて思い返される。
本作"FUN9"は1999年モノであるが、全く古さは感じさせない。
一切の予備知識なく、「このアルバムは去年リリースされたものだよ」と言われたら、
簡単に信じてしまうだろう。皆川貴子の"FUN9"は彼女のありとあらゆるアイディアが詰め込まれた、
奔放で、実験的で、可愛らしくて、清涼感のある、ポップなアルバムである。